まっちゃかの長いつぶやき http://macchaka.com Most recent posts at まっちゃかの長いつぶやき posterous.com Thu, 09 Feb 2012 06:10:29 -0800 使いにくさ。考えれば分かること。 http://macchaka.com/100369112 http://macchaka.com/100369112 システムを作っていると、画面をどうやって作るか。とりわけ使いやすさを考えるのには気を遣う。
UXとか小難しいことは分からないので触れないで置くが、事の難しさは、作り手の先行理解が、分かりにくさを分かりにくくしていることだ。
つまりは、先に機能や動線を知っているが故に、何が使いにくいのか、想像しないと分からない。
そうするとエスノグラフィーとか出てくるが、低予算、短納期だとなおざりになりがち。
でも、使いにくいと感じるもののうち、怒りを感じるほどのものって、どちらかというと「考えた?」と聞きたくなるほどだったりする。

例えばこれ。

Image

これは最初の待ち受け画面だ。

店内か持ち帰りか聞かれているので、店内を押す。すると、商品メニューが出てくる。
それじゃあと、食べたい商品をタッチすると

「お金が入ってません」

とエラーメッセージが表示されて、最初の待ち受け画面に戻ってしまう。

何が起きたのか理解できないで画面を改めて見てみれば、「最初にお金を入れて下さい」と書いてあることに気づくのだ。

「ははぁん、エラーメッセージから戻る先を商品選択に戻せばいい。それならやり直さなくていい」

いいね。それなら面倒くささは減る。
しかし、お金を入れてないことを叱られる。お金を入れろなんて言われてないのに。いや、正確にはお金を入れてくれと言われたことに気づいてないのに。

「じゃ、最初にお金を入れないといけないのにボタンが押せちゃうのが悪いんだ。店内ボタンを押したらエラーを出せばいいんだ」

そう思った人は、一度どこかで足の小指をぶつけてきてほしい。

確かにエラーを最後に持ってくることは操作ミスに気づくのが遅れるわけだから、最初に教えてあげることは親切に感じるかもしれない。

されど、そもそも、メニューが表示されて初めて商品の金額が表示されるわけだから、逆になぜこの段階でお金を入れなくてはいけないのだろう。
この最初の画面でお金を投入する意義というのは全くないことに気づかなければならない。

もうお気づきだろう。
商品ボタンを押したときに、いくら入れるかをご案内すればいいだけである。

なぜこの券売機は最初にお金を入れることを要求するのだろう。
それは、世の中にある、多くの券売機が先にお金を入れることを要求するからだ。慣れたお客さんなら、先にお金を突っ込むだろう。
だから、恐らく正しいのは、「お金を先に入れてないことをエラーとしない」ことだろうと思う。

本当にそれが使いやすいかは、エスノグラフィー調査をした方がいいだろうが、ここまでのことは考えれば分かる。分からないとしたら何のプロなのだ。

世の中には、こんなものが溢れている。それは考えが足りないのだと思う。
考えとは何か。仮説だ。思慮だ。配慮だ。それは経験から生み出されるものだ。
経験とは失敗だ。後悔だ。次へと役立てようとする意思だ。
諸君。常に使いにくさを生じさせてないか、考えようではないか。それに気を遣うだけで、世の中はぐっとよくなる。

※これは、途中に画像を入れてposterousに投稿するテストです。
※最後アレっぽくなりましたが気のせいです。「よろしい、ならばエスノだ!」とか言いません。たぶん。

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Sun, 05 Feb 2012 09:41:50 -0800 なぜmixiを使わなくなったのだろう http://macchaka.com/mixi http://macchaka.com/mixi
先日、mixiの実質利用者が激減してるという記事を読んだ(ような気がする)。
確か、1ヶ月以上ログインしてない人が、全体の4割以上いるとかいないとか。
いかんな、不正確なことは言ってはいけません。

自分もアカウントは維持しつつ、使ってない方にいるので、特別意外性もなかったのだが、Facebookを使っていて「これ普通にSNSだよな」と思って、ではなぜmixiを使わなくなったのかを考えてみた。

1.スマートフォン対応の遅れ
僕の中で、「原因はこれ」とはっきり明言できるのはこれ。
iPhoneに切り替えたときに、mixiも早々にしっかり対応をしてくれると期待していたのだが、待てど暮らせど全然公式アプリを改善してこなかった。
昨年ようやく大幅にリニューアルをしたが、遅すぎた。
僕らはイノベーターではないにしても、ネット界隈ではアーリーアダプターには属するだろう。mixiはサービスは先進的でトレンドで、それを使うことがインターネットの新しい可能性だった。僕も、突発的なビジネスパートナーをコミュニティで見つけたことが何度もある。使えるツールだったし、mixiがOSになればいいと思ったこともある。
そういった層がiPhoneに移行していく中で、その期待は裏切られたし、使えなくなっていった。

2.大衆化しすぎた
この頃、会社では徐々にmixiが開けなくなっていた。mixiが大衆化していくにつれて、mixiを使っている=仕事をしてないという雰囲気が職場でも定着しつつあった。会社で画面が開けない上に、iPhoneでも使いにくいとあれば、使いたくても使えない状況になっていった。
ある意味Facebookも普及によって似たような状況に陥る可能性はあったが、Facebookがビジネストレンドになっていることや、別のクライアントアプリが使えることなどから、mixiの二の舞にはなっていない。
また、大衆化されたことで、そこに集う人たちの質が下がった。
ちょうどこの頃だろうか。ミクシィの日記で自爆した学生がニュースになり始めたのは。
「あしあとをつけて、無言で去るのはマナー違反」とか、そういうアホくさいことを言われ始めたのはもう少し後だったかもしれないが、そういう「つきあってられない」雰囲気が出てき始めたのも同じ頃だったような気がする。

3.僕らの期待に応えなくなってきた
ミクシィは大衆向けの需要に応える一方で、我々アーリーアダプターの声を聞かなくなっていった。スマートフォン対応もそうだが、新たに追加される機能が、正直どうでもいいようなことだった。
特に痛かったのは、mixiプレミアムの扱い。僕らは月々300円を払ってでもミクシィをサポートしようと思った。メッセージの無制限保存とか必要な機能もあったけど300円払う価値があったかといえば疑わしい。それより応援したい気持ちの方が強かった。
でも、広告収入で賄えるからだろう。どんどんフリー会員との差別化が薄れてきて、最終的には有料会員がバカらしいレベルまで下がった。
でも、差別化が薄れること自体に憤りを感じるわけではなかった。そんな状況においても、mixiプレミアムをどうするかが全然見えてこなかったことだった。要は僕らを置き去りにして、放置プレイをかましてくれたことだ。その姿勢にイー・マーキュリー(現ミクシィ)という会社が信用できないと感じてしまった。
総じて、僕の期待するものとはそぐわなくなってしまった。

Facebookは、誤解を恐れずにいえばmixiとは本質的には同じものだ。
実名か偽名(匿名)かということは表面的なものでしかない。
確かに本名であれば、名刺交換をした後で連絡が来ることも少なくない。でも、もしそこが本質なら、twitterは普及しなかっただろう。

では、なぜFacebookなのか。
正直よく分からない。
僕にとっては、mixiがダメすぎてFacebookを使ってるに過ぎないという気もする。
twitterとFacebookで十分なので、mixiまで使う必要がなくなったというか。
最近の学生は就活にFacebookを使うらしいし、一歩間違えば「Facebook使うなんて素人っぽい」という、いつか来た道に突入しかねない。
でも、前述の3つを思い返してみれば、例えば他のアプリやサービスとの連携の柔軟さとか、僕らの期待に(ある程度)添ってくれる存在だというところが大きいのかもしれない。

なんだかんだでmixiには、GREEやモバゲーと同じ、大衆向けサービスをやってる会社とレッテルを貼ってしまってる気がする。

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Thu, 12 Jan 2012 08:06:17 -0800 得られないフリー http://macchaka.com/93719764 http://macchaka.com/93719764

Android版のGmailは、元のメッセージを添付するにしても、しないにしても、はたまた部分引用するにしても、シンプルながら、スマートな操作感を実現してるのに対して、iOS版は、とても同じ会社が提供してるとは思えないレベル。おまけにリリースされてから、そこそこ時間が経ってるけど、変わる気配もない。
Google+もそうなんだけど、これはあえて力を入れてないと思われても仕方ないと思う。
みんなGoogleを礼賛しがちだけど、こういう「独占はしないけど、冷遇する」っていうのは、かつて忌み嫌われた時代のMSと根本は同じだよなぁと思う。
違うのはフリーミアムとデファクトスタンダードをうまく使ってるところ。
Appsにしても、GAにしても、無料のフリーが自由のフリーを奪ってる気がする。
ところで、これはPosterousの公式アプリで書いてみてるのですが、写真の位置ぐらい指定できればいいのになぁ

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Sat, 31 Dec 2011 07:00:00 -0800 あけましておめでとうございます http://macchaka.com/91402119 http://macchaka.com/91402119

なんか去年は、年末という感じがしなかった。

結局去年は、ずっと仕事が忙しくて、旅にもほとんど出なかったし、連休は潰し、それでいて結果があまり残らなかったので、ホントに失意の一年でした。

311の震災での失意と比べれば大したものではありませんが、いみじくも同僚が朝礼で言った「今年(去年)の漢字は【絆】だったが、個人的にも【亡】じゃないかと思う。来年(今年)は取り戻す年にしたい」というのが、僕にもしっくり来ました。

昨年は本当にスマートフォンの伸びがすさまじく、今のところ、まだまだという感じのタブレット市場も来年はかなり伸びていくと感じています。

そういったメディア・デバイスを使った色々な施策を昨年は練りたかったのですが、営業の求めに応じて仕事を回した結果、何も手を打つ時間がとれなかったし、その仕事もいまいち会社に利益を与えるものにはならなかったし、売上の規模も全然で、僕がやるほどのことだったかな、というレベルに終わってしまった。もっといえば、僕がやってしまったがために、「やらない」という決断が下せなかったのかもしれないと思います。

今年は、今の会社に属したままで、新しいブランドを立ち上げます。

なぜ属したままなのか。新しいブランドなのか。

それは、印刷業界を変えていきたいと思っているからです。

世の中の一般的な感覚は、印刷会社は印刷だけをしていると思っているでしょう。けれど印刷会社の多くは、紙に限らず、様々なことをしています。ウェブサイトもそうだし、スマートフォンアプリを作っている会社も少なからずあります。

しかし悲しいかな、世の中のイメージがそうなので、「スマートフォンアプリを作りたいから印刷会社に入る」という人は皆無です。ウェブサイトやシステムなど、どの分野でもそうでしょう。一部の例外は大日本印刷さんや凸版印刷さんです。

そのため、各社、数名の「できる」人が全部背負わされているのが現実です。

ここでいう「できる」は、色々な意味がありますが、割愛します(笑)

そこで、新しいブランドは、この開発力・制作力をアップできるアウトソーシング集団となります。

我々印刷会社はオンリーワンを狙って、エッジの立った戦略を展開するような業界ではありません。どちらかといえば、電気・ガス・水道のように、企業活動をする上で必要な紙という媒体を製造して提供しているという位置づけです。ですから、名刺や封筒から、分厚いカタログ、折り込みチラシ、様々な媒体をいかに低コストで提供するかが至上の課題となっています。

ウェブサイトやシステム、スマートフォンアプリも、同様に普及・流通が重要な時代です。ノウハウをシェアして、一つの仕組みからたくさんのソリューションを生み出すことが求められます。決して各社が各々で奮闘して何とかなるような次元ではありません。

そうしたノウハウのシェアと、技術力のアップ、対応キャパシティの拡大というのがテーマとなります。

そうして、もう一つはサービスプロバイダーになることです。

スマートフォンの普及で重要になってくるのは、ロケーション情報です。位置情報のコンテクストとして情報発信をすることが重要です。それは、単に大きなサービスをする会社が情報を発信するという形では意味がありません。それでいて、ソーシャルだけに依存するのも正しくないと思います。

例えば、僕は何度もバイクでツーリングして、食事をするところの情報を食べログなどで調べましたが、ほとんどは役に立ったと感じることはできませんでした。なぜかというと、自分が思ったことを書いてあるだけで、バイクで旅をしている自分に合ったコンテンツではなかったからです。ソーシャルだけで物事が解決できると考えたら、それはミスリードする危険性があると思っています。広告は広告としての価値があると思うのです。

印刷会社は地域の会社と密着して事業をしています。前述の通りです。

だから、どこか、例えばGoogleとかYahooとか楽天といった大きい会社がサービスを展開するのではなく、一つの仕組みを色々な会社が利用するエコシステムを構築することが、ユーザにとっても使いやすいのではないかと思っています。

この新しいブランドは、こうしたことを展開していきます。

1月からすぐに、というわけでもないのですが、パートナーさんとは急いで協議に入っていく必要があります。もし興味のある会社さんがあれば、お声かけ下さい(笑)

以前、ウェブサイト制作のパートナーさんと飲んでいたときに「僕らはサービスを作りたいんです。それまでは制作の仕事で食いつなごうと思っています」といった主旨のことをいわれたことがあります。

もしかしたら受け取った解釈が違うのかもしれない。でも、こういうのって、永続的なパートナーシップを期待する私たちからしたら、頼れない存在です。よくいえば「卒業します」。悪くいえば「踏み台にします」。

独立した会社は、その制作規模や実績によって、どんどん大きな仕事ができるようになるでしょう。そうしたら、小さな仕事が不釣り合いになって、単価を引き上げたり、お断りしないといけなくなってきます。

または大きな会社で実績を積んで、独立するケースなら最初から相応の報酬を得るかもしれません。でも、その会社には経験が浅い人が入れるかというと、そうでもないだろうと思います。

どこかで小さな安い仕事しか出せないクライアント、経験がなくて就業できない人たちを引き受ける「レイヤー」が必要です。

これはネガティブな考え方ではない。安かろう悪かろうでいいと言っているわけでも決してない。選民主義のようにやっていくのは、どこかで歪みが出てくるように思います。こうしたメディア産業が日本全国的に安定した産業として存在しうることも必要です。

最先端でなくてもいい、エッジが立ったクリエイティブも求めない。そういった層に対して、いい加減な仕事を安く納める。そんなことがあってはいけないと思うし、お金がないから自分でやる、というクライアントには違う形でサポートさせていただけることもあるんじゃないかと思う。それを印刷業界が引き受けられたら、と思うのです。

印刷業界の強みは、草の根の営業力だと思っています。毎日、打合せとかなくてもお客様のところに通うことは平気です(その善し悪しはともかく)。そこをしっかり見直して、新しい事業モデルを構築していくことは、もう今年中には絶対にやらないといけない。もう個々の案件に右往左往している状態じゃない。たかだか数百万の仕事のために、未来を失うようなことはしてはいけない。それが去年の反省です。

結果として、とっくの昔に山口に戻っているはずだったのが、未だに東京にいます。来年一年は東京にいるでしょう。それは、こういうことをやっていこうとしているからです。

本当にやれるかどうか、確固たる自信があるわけじゃありません。

でも、生き残るためにはこれしかない。そういう思いで、これに全力を注いでいこうと思っています。

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http://files.posterous.com/user_profile_pics/1682479/me_square.jpg http://posterous.com/users/4aR1dXCqCc01 Masayuki Tahara まっちゃか Masayuki Tahara
Thu, 08 Dec 2011 07:20:00 -0800 Posterous復活 http://macchaka.com/posterous http://macchaka.com/posterous

2009年の8月頃アカウントを設定したPosterousも、長いこと放置していた。久
しぶりに使って、「SPACE」とか出てきてるのにびっくりした。
ちょっとこっちを復活させようと思ったのは他でもない。
Google+はちょっとなー…と思って、Tumblrに切り替えたのだが、Tumblrは色々不
都合が出てきたので、別のもの…ということで、Posterousに矢が立った。
Tumblrと同時期に登録したこのPosterousも「バイクツーリングブログ」を書く
ために評価をしていた。結局の勝者はTumblrでメインブログが
http://triplog.tumblr.com/ になっている。
Tumblrユーザがこぞってやっているであろう「リブログ」とか全くおかまいなし
に、単に投稿しやすいブログとして使っていた。
不都合というのは、主には誤爆(笑)あとは、Tumblrでフォローしていただいて
も、triplogの方に紐付いてしまうので、フォローして頂いた人には逆に「なん
だこれ」という状態になっちゃいそうだった。 それでいて、一度設定したら、メインブログは切り替えができない。
ということで、バイクツーリングブログに戻そう、ということにした。
そうすると、今度は http://macchaka.com との棲み分けをどうしよう…と悩んだ。
そもそもブログじゃなくてGoogle+を使おうと思ったのは、気楽にかけて、140文
字で収まらない中途半端な量を書きたいときに使おうと思ったのが発端だった。
なので、もしかしたらほとんどないかもしれないけど、きちんと何かを書こうと
思ったらブログで、140文字以上のつぶやきとしてこっちを使おうと思った。
復活の儀なので眺めになってしまったけど、次からは短いと思う。
実はテストを兼ねているのは、申し訳ないと思っている(謎

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Sun, 20 Nov 2011 10:57:00 -0800 スマホの電波が切迫してるというなら、まずやるべきと思うこと http://macchaka.com/85385933 http://macchaka.com/85385933

スマホで電波が切迫していて、定額制が維持できないという流れが海外とかにあるけど、今のところ、国内では追従する気配はない。しかし、国内でも切迫しているのは同じで、数%のテザリングなどのユーザが回線を圧迫させているという話だったが、最近のソフトバンクのつながりにくさを考えると、どうもそれだけではないと思う。 僕は定額制が今のまま従量制に移行すること自体は賛成できないが、どこかで仕方ないかなと思うところもある。自分がヘビーユーザに入ってしまう可能性を払拭できないので、「平均的なユーザなら大丈夫ですよ」といわれても、どこが平均だか分からないから、正直、不安感はある。 例えば、ベライゾンの場合は、2G、5G、10Gと分かれているが、自分がどこに分布するのか分かりにくい上に、従量制ともなれば、「不用意にパケット通信をしてないか」と常に気にかけながら使わなければならなくなる。特にAndroidのように、バックグラウンドでアプリが動くとなれば、「不要にアプリを入れるのもやめよう」ということになるし、ウェブとアプリなら、アプリの方が使用パケットを抑えやすいので、ウェブアプリではなく、ネイティブアプリの方が評価されるかもしれない。個人的には「何でもウェブアプリ」というのは好きじゃないし、事実パケットが減るなら、無駄遣いを減らすという意味で理解はできる。今のキャッシュマニフェストは、まだアプリ用途に使うには使いにくい部分もあるので、じきに解決されるとは思うが時間はかかるかもしれない。 これではウェブの未来も暗い。 一方で、パケットを使うと簡単に定額料の上限にへばりつくスマホを、最低限の通話しかしない親に使わせるというのは怖くて出来ない。例えば、今、月の支払いが2,000円ぐらいで済んでいるとすれば、3,000円ぐらいでまとめたいところ。それ以上だと、「そこまでして使わなくてもいいよ」と消極的になりかねない。 そのあたりを考えつつ、じっと端末を見ると、まだまだできることはあるんじゃないの?という気がする。

  • 残りパケット量を電池ぐらい可視化する機能。 もうじき上限だからもう少し節約しようとか、もう超えちゃうから、思いっきり使っちゃおうとか、結果としていくらになるかじゃなく、ユーザに選択権がほしい。
  • 上限に達したら一旦停止ができる機能。 今は上限に達したら通信ができなかったり、速度が抑えられたりするらしいが、上位の料金に不意に移行しないように、そして、きちんと同意した上で上位の料金が払えるように、ユーザサイドで使えるリミッターがほしい。
  • Wi-Fiなどの通信経路を速度によってハンドシェイクする機能。 歩行移動でもWi-Fiは不安定になりやすいので、面倒でWi-Fiオフにしてる人も多いと思う。今のWi-Fiの仕組みだと、認証はやりにくいのは分かるのだが、ユーザに意識させるような機能では、面倒くさがられても仕方ない。

通信がつながりにくい、という観点から通信料の上限を緩めて、節約効果を期待するというのは仕方ないかなと思いつつ、単に収益性という観点であれば、僕はまだ違うんじゃないかと思う。 従量制は明らかに未来のためによくならない。 ウェブの発展は、通信網に接続する行為を意識しなくても済むようになった点が大きい。 2000年前後でも、まだ「ダイアルアップ」というものが多かった。インターネットを使うには、「今から使うぞ」という意識と操作が必要だった。 定額制じゃなくなったからといって、そういった「つなぐ儀式」は復活はしないが、「終了する儀式」は必要かもしれない。それでは、やっぱり「今から使うぞ」「今、使い終わったぞ」という意識を強調させてしまうことになりかねないなと思う。 ではどうやって収益を確保していくかといえば、やはり商取引かなと思う。 既に取り組まれているが、キャリアは、個人情報と料金収受をしっかりできる立場にあるので、そこを生かす方法はいくらでもあると思う。例えば、Paypalみたいなものがサービスを「ユーザ視点」で作れば、結構イケるんじゃないかと思っている。 ユーザ視点というのは、「ケータイサイト上で取引」という限られたスコープでビジネスを考えてはダメ、ということ。 例えば、決済ページに至ったら通信キャリアを選ぶ。そうしたら、ワンタイムのQRコードが生成される。それをケータイでスキャンすると、キャリアの通信網経由で認証をかけ、決済内容と同意は、ケータイで行う。 こんなのやろうと思えば、彼らの技術ならすぐできるだろうし、仮に通信網という認証の手段が取れないとしても、アプリ側でどうにでも処理できるはず。 ドコモやauといったキャリアは、iPhoneに負けた理由を未だに理解していないのかもしれない。やれることは、ゴロゴロ転がってる。

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Tue, 15 Nov 2011 02:15:46 -0800 Flashが生き残ってほしい、ただ1つの理由 http://macchaka.com/flash http://macchaka.com/flash

PC版のFlash Playerはまだ継続するというのに、モバイル版が開発中止になることで、Flashがなくなるのは時間の問題だ…といった風潮が見られることがとても残念だよ。 確かにAdobeは、最終的にFlashを消滅させかねないかもしれないね。だとしたら、かつて日本で最大のコミュニティだったニフティが、経営判断から単なるプロバイダに成り下がった後、mixiが最大コミュニティとして成長した皮肉なエピソードの再来になるかもしれない。僕はHTML5とは別のウェブ技術も必要だと思っているんだ。 Flashの地位は今のままであってほしいんだ。でないと、クロスプラットフォームでどんな環境でも同様に動かすという技術が、JavaとJavaアプレットしかなくなってしまうだろ。 Appleはアプリの配信はMac AppStoreを使うべきだと思ってるんだ。いいね、ぜひWindows版を作ってくれ。 Googleは、どんなブラウザでもどんな端末でもOK。でもできればAndroidで、できればChromeで、常にGoogleにログインした状態で、全てのメールやアクセス、やりとりする内容をデータマイニングしたがってる。 Microsoftは、残念ながらクロスプラットフォームとしてのSilverlightは放棄してしまった。 さて、どこを信用したらいい? HTML5はいいね。でも、ネイティブアプリを開発するための言語として、最適なんだろうか。 僕も、単純にウェブサイトに動きをつけたり(それが単なる見栄っ張りであるにせよ、ないにせよ)、動画を流すために、プラグインが必要で、JSからコントロールできない別々のコンポーネントであることは実にナンセンスだと思っている。だけど、現実世界で「生物多様性」の重要さが説かれているときに、ウェブの技術はHTML5だけでいいんだ、というのは少々窮屈じゃないかな。 Flashというとアニメーションや動画を連想する人が多いようだけど、Flex(Flash Builder)はとてもクールだと思っている。Flashである以上、いろいろとイケてない部分もあるだろう。クラッシュもするかもしれない。でも、Javaほど敷居を高くせずに、デザイナーが作れるswfを組み合わせたアプリケーションを作ることができる。悪くない選択だ。 Flexでは、MXMLというXMLからコンパイルして、swfを作り出す。あまりにもHTMLに似ているので、それならHTMLでいいじゃないかといいそうになる。でも違うんだな。HTMLが文書フォーマットがベースだから、1画面1ファイルが原則で、それをJSで中身のコンポーネントを動かしているのに対して、MXMLは1アプリに1MXMLなので、画面の概念はMXMLの中の一つの要素でしかない。 もちろんそれは原則であって、実際にはビデオにもあるようにビューは分けて作ることになるんだけど、HTMLがアプリ開発に最適化したフォーマットでないのは事実だ。そうでなければ、ドキュメントとしてのHTMLが機能しなくなる。その絶妙なバランスをとってこそのHTML5だろう。 エンジニアはフレームワークが好きだから、HTMLファイルなんて編集しなくてもいいようなフレームワークとIDEができるだろう。今の開発を取り巻く状況が、もっとも効率的だとは到底思えないから、そういう製品は開発してほしい。HTML5にも注力するというAdobeがどういう製品を作ってくるのか、楽しみにしている。 だけど、それを「タダで手に入らない」もとい「プロプライエタリ」を理由に拒絶するなら、開発効率のよい環境はなかなか手にすることはできないだろうと思う。

さて、強調しておきたいんだけど、僕はHTML5に懐疑的なのではない。今日日そんなことを言おうものなら針のむしろだろうし。むしろというなら「好きだ」と言える。トラディショナルなHTMLからは確実に別次元に進もうとしている。いいね。そういうの好きだよ。でも、HTML5の真価を発揮するのは、もっと先のような気がするのだ。
Flashを使わなければ…または、今までのブラウザではできなかったことができるようになる。それではユーザ体験そのものが変わるわけではない。

この映像のような世の中になれば、それは、今のウェブ体験の一部がURIのない世界が置き換わるということになる。今は「HTMLファイル」が必要だけど、ドキュメントを除けば、その存在は必要なくなるだろう。そして、今HTMLファイルを開くシチュエーションに相当するものは「ステート」になって、コンテクストとして様々な画面遷移や更新が行われる。どういった情報がコンテクストになり得るかは、Googleがやっているようなデータマイニングによって可能になってくるだろうし、そこにどういった「表示」を送り込むかということがビジネスの中心になっていくのだろうと思う。 こうして僕のブログに、自然にYouTubeの画像が組み込めるように。または、Facebookのアプリのように、ステートのコンテクストとしてのみ、ウェブアプリは存在を許されるようになるのかもしれない。その基幹技術はHTML5であることは間違いない。

そして、能動的に何か「アプリケーション」を使いたいとき…ゲームとか…には、Flash、いやAIRは悪くない選択だ。 どうか、生き残っていてはくれないだろうか。

 

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Wed, 26 Oct 2011 05:31:50 -0700 iPhoneの写真で位置情報がついている危うさについておさらい http://macchaka.com/iphone http://macchaka.com/iphone 「iPhoneの写真でジオタグ(位置情報)が付いているせいで、犯罪に巻き込まれることがあるらしいが、大丈夫か」という話をされて、正直いまさら感はあるものの、意外と一般的ではないのかもしれないということで、説明用資料を作ってみることにしたよ。 iPhoneのジオタグは、Exifというデータ領域に保存される。ここには、日時はもちろん、撮影時の露出設定とか、どんなカメラで撮影したか。カメラが縦向きだったか横向きだったか。なんて情報も記録される。これは全部写真好きな人たちが後で参考にするために使うといって差し支えない。 iPhoneで撮影した写真も、様々な情報が含まれているので、iPhotoやPicasaなどで取り込むと、これを使って、後で振り返ることができる。取り込まなくても、iPhoneの「写真」やKoredokoといったアプリで、iPhone上でも確認できる。 これはとても便利な一方で危険性もはらんでいる。 冒頭に挙げたように、ブログにアップした画像にジオタグが載ってしまい、自宅で撮影した写真から、自宅の場所がばれたりするケースが顕著な例。 iPhoneでは、こうしたリスクを抑えるために、写真をメールで送ったりした場合は、このジオタグがカットされるようになっている。 ところが、Dropboxのような「ファイルそのものをやりとりするサービス」やiPhotoなどの写真管理ソフトは、画像データを加工するようには作られていない。こうした経路で伝わったファイルには、ジオタグが付いたままになっている。 例をあげよう。次の写真は、Dropbox経由でPCにファイルを送ったファイル。
Media_httpmacchakacom_kzcce
どうだい?うまそうな豚丼だろう? あ、そういう話じゃなかった。このファイルをドラッグでパソコンに落として画像をクリックするとオリジナルサイズで画像だけが表示されるので、その画像をダウンロードして、Exif情報を開いてみてほしい。Windows7ならプロパティにある「詳細」を開けば見られる。Macは…とりあえずiPhotoで(笑) ばっちり、次のように緯度経度が表示されていると思う。
Media_httpmacchakacom_ajhxn
面倒なのは、Photoshopなどで画像を加工して別名保存しても、この情報は削除されないことだ。撮影したオリジナルデータじゃないから大丈夫…と勝手に判断すると、危険なことが起こるかもしれない。そういうときは、「Web用に保存」で書き出せばOK。そうか「Web用」ってそういうことだったんだねww では、次の例。これは、Wordpressのアプリを経由してアップロードした場合。
Media_httpmacchakacom_cfajj
この通り、緯度経度は表示されない。
Media_httpmacchakacom_zphjg
このあたり、ジオタグをカットしてくれるかどうかはアプリの仕様次第ということになる。が、一般的にはジオタグを写真共有サービス上に展開したいときは、別の方法を使う。なぜなら、Exifから場所を見るためには面倒なプロセスを経なければならないから、サービスとしては落第点だよね。Foursquareなんかは、きちんとサービスの中で地図を表示する。 こうした理由もあって、基本的にはジオタグはカットされてアップするように実装されているはずだ。はずだけど、全てのアプリで安全です。という根拠はない。結局はケースバイケース。不安だったら、自宅じゃないところで撮影した写真で、一度テストしてみるしかないだろう。 というわけで、知っている人にとっては当たり前だったかもしれないけど、説明用に書きました。駆け足だったので、説明が適当なところもあるけど、ジオタグは写真を楽しくするテクノロジー(仕様)だと思う。できれば正しく理解して、楽しく利用してほしいなと思います。

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Fri, 14 Oct 2011 11:29:20 -0700 矢野沙織さんの福島産問題に思う悲しい心情 http://macchaka.com/85385924 http://macchaka.com/85385924

ジャズサックス奏者の矢野沙織さん(24)が福島県産農作物についてブログに書いた内容が物議を醸し、謝罪する事態になった。 2011年10月13日付けで「非国民」というタイトルの記事を掲載した。 「放射能を含んでいる可能性のある作物の一切を口にはしたくない」   記事によると、少し前、沖縄県那覇市の国際通りで、物産展が開かれていた。夕飯の買い物をしようと、電話をしながら露天を見ていたら「福島物産展」のノボリが見えたので、思わず電話口で「あ、福島産だったわ」と言ってしまったのだという。 これに、店員の「おじさん」が「おい、ガキ、ちょっと待てや」と言ってきた。矢野さんも「あ、すみません。でも『福島産だった』と言っただけですよ。それにしてもガキっちゅう物言いは気に入らないんだけど。どうかした?」と反論。 すると、店員が「作った人の気持ちなんか解らないだろう」。再び矢野さんが「お百姓が可哀想だから一億総被爆をしないと非国民かい?そんな思考はまるで某大戦中だな」と言い放つと、店員はバケツを蹴飛ばしてどっかに行ってしまったという。 矢野さんは「放射能を含んでいる可能性のある作物の一切を口にはしたくない意志を持っている」のだそうで、福島県産米が出荷可能となったことについても 「『米からの放射性物質は検出されませんでした。』と。いや、正直それ嘘だろ、普通に」と書いていた。放射能の恐怖のため、東京出身にも関わらず5月に沖縄に移住したのだという。過去には「放射能恐怖は正義」とも書いている。

引用:http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20111014/JCast_110049.html 放射能恐怖は正義というより、思いやりがないのは確か。自分がどう思うかは自由。「事実と違って風評被害だったら、喜んで謝る」っていくら「所謂底学歴な上この性質のせいで学もございません」(ブログより)でも、そういう問題じゃないよね、と思う。 今回の山形の旅で宿では福島の人と一緒になった。 宿のオーナーが「東京からのお客さんもいるけど、「高速で福島を走る間は、SAにも寄らず、ずっと窓を閉めてきました」っていうんだけど、ひどいよな」という話をしたのだけど、その福島の人は「いや、分かりますよ。実際に放射線数値は高いし、私たちだって嫌だから、週末はなるべく離れるようにしている。本当は子供のことを考えたら引っ越した方がいいというのは分かっているけど、仕事の都合で引っ越せない。完全に親の都合です。」 そう聞いた瞬間、涙が出そうになった。 「福島ナンバーだと、(東北以外のところへ行くのは)行きにくい。でも、東北には風評被害ってない。どこに行っても(温かく)受け入れてもらえる」 うろ覚えだが、そんなことを言っていて、本当に切ない思いをした。僕らが思うよりずっと、風評被害に対しては諦めを持っている。結局、自分たちですら、国や自治体の動きが遅いせいで安心して生活ができない。なのに、他の地域の人が安心できるはずがない。そんな話だった。 僕も無責任に「大丈夫だから食おうぜ」とはいわない。検査が不十分でした。検査に誤りがありました。食べた後では取り返しはつかない。「ただちに健康の被害はない」は「ただし、将来の健康被害は分からない」だから、安心しろという方が無理がある。だから実際に、矢野さんのようなトラブルも起きても、この非常時においては仕方ないと思う。とても悲しいけれど、自分の命を守り、自分の家族の命を守るのは動物の本能であるから、それを無にしろとは言えるはずがない。 でもそれを、同調してもらうが如くブログに書くというのは、風評被害に加担することになりはしないか。震災のとき、デマツイートが広まったことについて、「オレはRTしただけ。悪くはない」という言い訳が情けなく映ったように、彼女が「恐怖は正義だ」といわれても、同調する気にはなれない。 そもそも、謝ったからといって解決する問題ではない。サックスを捨て、農家に嫁ぐとか、野菜の売り子になる覚悟でも持っているなら別だが、そんな覚悟を持っているはずはない。新聞に謝罪広告を打つ覚悟すらないだろう。 残念ながら、恐怖は早く伝わるが、安心が伝わるのは遅いのだ。 必要なのは正しい情報だ。正しい情報が確認できなくても信じろとはいわない。けど、「福島産だからヤバイ。」というより、「一つずつ検査しましたって書けばいいのにねぇ。まだ不安で買えないよ」ぐらいなら、まだ理解できたのにな、と思う。 普通に身の回りには放射線があり、我々は常に被爆をしており、オゾン層が破壊されることによって宇宙からの放射線が増えることについては理解しているのだろうか。 本当に放射線が怖いというのなら、もっと勉強をして、勉強したことを分かりやすく書き、広め、地球環境を守っていくことの大切さと難しさを伝えてくれる人になればいいのになと思います。

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Thu, 06 Oct 2011 12:07:19 -0700 スティーブ・ジョブズ逝去に際し、遺す言葉 http://macchaka.com/85385923 http://macchaka.com/85385923 今日は、どうも体調が悪いと思ったら、そうだったのか。ついにスティーブ・ジョブズが逝ってしまった。 スティーブの体調が悪いことはメディアを通じて知っていたし、つい先日、CEOを降りたニュースがセンセーショナルに扱われていたから、いつかこの日が来ることは分かっていた。しかし、あの日。まるでスティーブが死んでしまったかのように惜しみ、懐かしむ様子を見て、「待てよ、彼はまだ会長として残るじゃないか」と、心のなかでツッコミを入れた。 けれど、結果として彼らのほうが正しくなってしまった。スティーブは3度死んだ。そして、残念ながら、もう戻ってこない。 アップルストア銀座店に献花の山と聞いて、帰りに寄ることも考えたのだが、僕は寄らないことにした。本当に純然たる思いで、行きたいのかといえば、そうじゃない気がしたし、「スティーブ、今までありがとう」というのもなんか違う気がしたからだ。 僕の近くにスティーブはいなかったし、これからもいない。そこに大きな違いはない。 薄情だと言われそうだから、もう少し語らせてくれないか。 僕が初めてMacintoshに触れたのは、1993年のことだ。スティーブは追放の身で、NeXTというコンピュータを作っていたことを知った。当時のAppleは、System7(漢字トーク7)が出た頃で、僕は触れたのはSystem6だったけど、対するWindows3.1よりもずっとクールで、ずっと使い続けたくなるキュートさがあった。そして、QuickTimeやNewtonとか、先進性を感じる別格の存在だった。そりゃぁもう、Appleラヴで、車にもリンゴマークを貼ったし、Windowsなんて邪道だ!と目もくれなかった。 そんな気持ちになったきっかけとなったのは、ある事実を読んだからだ。 新しいMacintoshを買って、箱を開けたら、大きく「1」と書かれた袋が出てくる。「はじめにこれから開いてください」。当時、新しいパソコンを買うというのはとてもエキサイティングで、新しい車を買うとか、新しい洗濯機を買うとか、とにかく大枚をはたいて手に入れた喜びで、箱を開けるのは儀式のようなものだった。Appleはそれを理解した上で、迷わないように、焦らずに順番にやりましょうね…と案内してくれる。そのようなことが書かれていた。 確かに当時のPCは、「機械」を買っている感じだった。下手すれば今のようにOSなどついていない。自分でHDDを買って、何枚ものフロッピーディスクをさしてインストールするのだ。Windows3.0は14枚ぐらいあったと記憶している。 昔から「エクスペリエンスデザイン」を徹底しているのがAppleだった。その始祖がスティーブだということを知ったのはずっと後だった。とにかく、すばらしい天才だったが、会社を追われた。そんな認識だった。僕はNeXTも、すごくカッコいい!と思ったから、むしろNeXT ComputerのCEOとしての彼に興味は抱いていた。 その後、スティーブはAppleに復帰する。このときの感動といったらない。スティーブが…というより、NeXTがMacと一緒になって生き残っていくということに、喜びを感じていた。もっともその当時は、医者と印刷会社しかMacは買わないと言われているような時代だったので、信者と言われても仕方ないような時代。周りに共感してくれる人なんて、ほとんどいなかったけどね。 僕がスティーブそのものに共感を抱いたのは、彼がまだ暫定CEOの頃、フォーチュン誌に掲載されたインタビューで、ASCIIの1999年1月号に翻訳されて掲載された。 今、彼の人生を振り返るとしたら、有名なスタンフォード大学卒業式でのスピーチが参照されるだろう。僕も見たし、そこで初めて知ったこともいくつかあったけど、大切なことの多くはそのインタビュー記事でも語られていた。「ハングリーでいろ。バカでいろ。」は、この記事でも触れられていて、本当に彼を動かす大切な言葉だったんだなと感心した。 そのインタビュー記事の中に、スピーチでは語られていないことがいくつもあって、僕の中で名言集のオンパレードになっているのだが、その中でも強く印象に残っているものがある。
新製品を見抜く際に1つの問題があると思う。人々はまったく新しいアイデアに集中しすぎる。それが新規事業を興すための必要条件であるかのようにね。でも、ひょっとするとその方法は正しくないんだ。優れた製品の多くは実は以前の製品の延長上にあるのさ。
 
テクノロジーが難しいんじゃない。難しいのはどんな製品か?あるいは消費者は誰か?彼らはどうやってその製品を買うのか?彼らにどうやって伝えるのか?ということなんだ。だからアイディアとテクノロジーと製造に加えて良いマーケティングがなければ消費者をつかむことはできない。
当時はインターネットというもの自体が挑戦的で、懐疑的であった時代。まだADSLも全国的に普及しているような状態ではなかった時代。自然と「新しいものは、新しいテクノロジーによって生み出される」と、多くの人が思っていたと思う。そのときに読んだ彼の言葉は、すごく納得したし、開眼というか、本質に目を向けるきっかけになったように思う。 Appleといえば、Human Interface Guidelineとか、UIに関しての研究や実践がとても進んでいるという印象があるけれど、それ以前に、それを何のためにやるのかという明確なポリシーがあるからこそ、あれだけ力をいれることができるし、iPhoneといった新しいデバイスを生み出すこともできた。 昔から彼らがやってきたことは、僕たち(the rest of us)をどうやって幸せにするか、ということだったんじゃないかと確信している。 僕らは時代というバトンを受け取った。彼らがAppleを作ったとき、僕は1歳だった。彼は残念ながら56歳で人生を終えたが、少なくとも僕が同じ歳に至るまで20年ある。この20年という間に、どれだけのイノベーションが生まれてくるか、分かるかい? 「ありがとう、スティーブ」 それが、ちょっと違うなと感じるのは、彼が生きることができないこれからの時代。僕らが受け取ったバトン。それをどう生きるか。どうやって、自分が生きた証を刻むことができるのか。そして、次につなぐことができるのか。それはとてもとても大きな課題であり、それを成し遂げるためには、振り返ってる時間なんてない。 「がんばるよ、スティーブ」 僕なんぞやに何ができるかわからない。世界的な成功を収めるとは到底思えないね。でも、僕らはみんな、今の時代を継いだ者なんだ。どんな形であれ、どんなことであれ、次の時代へ継いでいかないといけない。それは僕たち人類が、もっとハッピーになるために。 インタビューの締めの言葉が、今、改めて僕の心に刻み込まれた。
人生は短く、人はみな遠からず死ぬ。これは真実だよね。
R.I.P. Steve Jobs

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Wed, 21 Sep 2011 21:13:39 -0700 HTMLか否か、それが問題だ http://macchaka.com/html http://macchaka.com/html この間、CSSniteの鷹野さんに「似非翻訳風いいじゃん」と言われたんだけど、これから書くことはGoogle+に書こうとして長くなっちゃった類のものなので、マジメに日本語なんだぜ。 ふと思い出して、Google+のHTMLソースを見てみたら、pタグなんて一つもない。ほとんどdivとspan。以前から「ウェブの未来は必ずしもhtmlベースじゃなくてもいいんじゃないか」と言っているんだけど、現実としてこういうコードを見ると、その思いが強くなる。 下手したらJSで動的にドカドカ生成するのに、文書のレギュレーションが合うのかどうか。 いや、そういうと怪訝な目で見られるんだけど、MXMLとか触れてると、全てを一つにするのが必ずしも正解なのかどうか、と思ったりする。車輪の再発明みたいなもんじゃないかとか。 Flashはやっても、Flexをやる人は結構分野が違うような感じがするけど、MXMLとか合理的だなぁと思った。 要は描画のために必要なHTML記述100%を、我々は100%指示しないといけないんだろうか、みたいな。 例えば、ウィンドウサイズに合わせてサイズを変えるテキストボックスがあったとして、我々が指示すべきは、ウィンドウサイズの変更を検知して、動的に変更するコードじゃなくて、「この右辺はウィンドウサイズと連動させてね」という属性一つなんじゃないかという。 もっというと、jQueryが必要なこと自体が欠陥なんじゃないの?と。無論、jQueryをdisったりするような無謀なことはしないぜ。例えPrototype.js出身でもな。むしろライブラリーは大好きだ。人の生活を豊かにしてくれる、人々の英知だよ。おっと、そういう話をしてるんじゃなかったな。 jQueryは、デファクトスタンダードではあるが、ISOで規格化されたものでもなんでもない。まぁライブラリであり、マッパーみたいなもんなので、規格化の必要性もないといえばないのかもしれないけど、CSS3で規格化されることで楽になったり、安心したりできる部分があるというのも体感していると思うんだよね。 ウェブドキュメントとウェブアプリケーションの境界なんて、あってないようなものだから、結果として一つでいいじゃんってことになるのかもしれないんだけど。 まぁ、そんなことを書いている僕は単にデスマ逃避なんだけどさ。 そして、blog化するにあたって書き足したところは、なぜか微妙に翻訳調なんだぜ。

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Sun, 11 Sep 2011 16:03:29 -0700 Codaへのたった2つのリクエスト(ただし今のところ) http://macchaka.com/coda http://macchaka.com/coda

phpの勉強会に参加とかしてると、エンジニアの世界でもMacユーザが本当に増えてるなぁという感じはある。海外のプログラマとか、ハッカソンのビデオとかね。以前だったら、ドラマの中でしか見れなかったりしたもんだ。 僕はintelチップが載る前からMacユーザだし、それでいてWindowsもLinuxも使っている。 おっと、必要があるから使い分けているだけだから、オタクを見るような目で見るのはやめてくれ。 今もMacBookAirで快調に文章を書いている僕に言わせれば、Macはとても便利だ。MacというクールなOSの他に、Windowsも動くからね。困ることはない。それでいて、ハードウェアはとてもスマートだ。 けれど、僕は気づいてしまった。「なんてことだ、僕はMacでプログラムを書いてない」 エンジニアの人たちにどんどんMacが普及していて嬉しくなっているというのに、僕が全く書いてないんだ。ひどい日なんて、Windows OSを立ち上げるためのOSになっちゃってるよ。 これじゃクールじゃない。 そこで、最近の僕はMacを開発環境にすべく、色々なソフトを試してみたり、環境を整えたりしている。 その中で、評判が高いのが「Coda」というエディタだ。 通常ウェブサイトを作るときには、AdobeのDreamWeaverを使う。アプリケーションを開発するにはEclipseとかがいい。僕はNetbeansを使ってるけどね。これ以外は、マニア(悪い意味でなく)向けのVimだったり、Emacsだったり、そういうのを使ってる人もいるだろうけど、Macだとmi(ミミカキエディタ)とか、その辺が定番だったかな。 Codaは、簡単にいえばiPadじゃないけど、フルスペックIDEと、単機能テキストエディタの間を埋めるもの。テキストエディタでありながら、ウェブプレビューやCSSエディタ、ターミナル(WindowsでいうDOS窓)などに同じソフト上で使える。 まぁ、説明が下手な僕が色々いうよりも、公式サイトやググってもらった方がいいだろうけど、DreamWeaverやEclipseは、テキストエディタと比べると起動が遅いし、「サイト」や「プロジェクト」という単位でソフトウェアに設定登録する必要があって、それがちょっと編集したいというときにストレスが溜まる。Netbeansのエディタなんかはすごくよく出来ていて、開発のフローとしてはとても使いやすい。 それがちょっと、パパッと修正作業したいと思ったとき…例えば、実際にapacheが見に行くファイルを直して試してみたいときとか…Finderベースでやりたいと思った途端に、miレベルになるっていうのは自業自得だけど、快適ではないね。Windowsでも同じだよ。僕はサクラエディタを使ってるけど、色分けが助かるという以外のメリットをまだ見いだせてない。 さすがに「僕と契約して、開発効率を上げてよ」と迫られているだけのことはある。 僕はMacにおける、それを埋めるものとして、Codaに期待しているんだ。 これがあればDreamWeaverとかいらないよね、という気はさらさらない。そもそも、コードを書くときにはDreamWeaverはあんまり使ってないけどね。でも、NetbeansがHTMLエディタとしては不満があるので、Codaはうまく機能しそうで期待している。Netbeansにもライブプレビューはほしいときはあるよ。 さて、いろいろいじっていて、エンジニア的には不満はいろいろあるんだけど、取り急ぎ気になっている点は次のようなところ。 行単位の移動 これはEclipseとNetbeansのせいだ。こいつらは、ctrl+Shift+上下キー(Netbeansの場合)で今カーソルのある行を上下に移動したりコピーしたりできる。複数行選んでいれば、その行たちが移動してくれる。 ほとんどのエディタはこの機能を実装していないから、積んでいないことで責めることはできない。 でも、先を見通す力がなく、試行錯誤ばかりするダメプログラマの僕にはこの機能が欠かせないんだ。 ヘルプのショートカット一覧には載ってないけど、Command+Option+上下でコピーはできるじゃない。ついでに、移動もオマケしてくれないかな。 MySQLとの連携 ターミナルと同様に、MySQLサーバに接続して、SQLを投げたらレスポンスを返してくれるものがあるといいなぁ。 特にselectを投げたら、表の形で出てくれるとうれしい。 お願いだから、「ターミナルでやれば?」とか元も子もないことは言わないでくれ。 もっとも、MySQL workbenchがもっときちんと仕事をしてくれたら、必要ないかもしれないんだけどね。 これはIDEじゃないって? 確かにそうだね。でも、単なるエディタでもないんだろ? 追伸 インデントが、Command+[ ]なのは冴えてない。幸い、TabとShift+Tabでできるプラグインがあるから、不満な点に挙げるのはやめたけど、このプラグインがなければ、不採用だね。 追伸その2 今日の文章テーマは、海外のブログを日本語に訳した感じだよ。なんかくどいって? 大丈夫だよ。読んでるのは、世界中で君と僕だけだから。 追伸その3 もっと楽にブログを書きたいです(謎

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Fri, 26 Aug 2011 01:27:00 -0700 「孫の手」は「ハード」なのか http://macchaka.com/85385915 http://macchaka.com/85385915

日本は「技術立国」と言われる。やっぱり「モノづくりの技術がすごいんだ」と言われて、色んな技術が紹介される。 けど、僕は納得できなかった。そんな匠の技を持っているのは製造業の中でも一部だ。確かに勤勉な日本人は積み重ねの技術がすごい。しかし、多くが大手企業の下請け・孫請けとしてしか機能していない日本のモノづくりは、本当に日本を牽引する力をもっているのかと。単に一部の勝者を紹介しているだけにすぎないんじゃないかと。 今思うに、半分正解で、半分不正解のような気がする。 「技術立国」というのは、「技術」が国のコアコンピタンスだということを指しているのだけど、この技術=モノづくりというのは短絡的かもしれない。もしくは、過去の遺産に依存した非創造的なことかもしれない。 以前、カンブリア宮殿にヱビナ電化工業の海老名信緒社長が出演されていたとき、国は「モノづくりの人材」を活用すべく、中小企業の技術者を中国などに技術指導に派遣する。とんでもないことだ。といったことを言っておられた。 日本の積み重ねた技術がすごいということは理解しているものの、それで本当に国を牽引する方法が分からないから、そんな場当たり的なことしかできないのだろう。同じ人間である以上、技術というものはいつかコピーされる危険性を持っている。技術立国とは、どんどん新しい技術を生み出すことによって、国の価値を高めていくことに他ならないだろうと思う。 しかしだ、最近この「技術が高い国」というのも、単に必然なだけなんじゃないかという気がしてきた。 かつての日本は貧しかったので、身の回りにあるものをよく活用した。 普通に木を燃やしてしまうといくら木材があっても足りないから、炭化することで長く使える燃料にしたりとか、ホントに先人の知恵というのはすごいなぁ、よく考えてるなぁと感じるようなものに出会うことも少なくない。 日本の炭化の技術はすごくて、なんでも炭にしてしまうし、あまり豊かでない国・地域で暖を取るために活用されているという。 「必要は発明の母」と言われるが、本当に日本は必要なものを作り出す頭脳と技術をバランスよく、かつ高いレベルで持っている国だったんじゃないかという気がする。 そこに「世界標準」なんて関係ない。必要と思うものを作って、人々の生活を幸せにする。そういう日々を重ねてきたのが日本だと思うし、だからこそ技術が高いんじゃないかと思うのだ。 得てして「日本はハードは得意だが、ソフトが苦手」とよく言われる。セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ会長も、先日の日経記事でGREEやDeNAを挙げて、日本は有望だと賞賛してくれたが、そもそも そういった「今をときめくITベンチャー」を挙げるまでもなく、ソフトも得意なのではないかという気がする。 標題でも挙げたとおり、「孫の手」はハードなのかどうか。いわずもがな「ハード」である。これをソフトだというのはさすがに無理がある。しかし、これを単に「ソフトではない」と言い切ってしまうのも正しくない。 そもそも、ハードとソフトというのは、元々は同じものだった。 最初は、ミサイルの弾道計算をするためにコンピュータは作られた。このコンピュータは弾道計算しかできなかった。それが時代の変遷につれてハードは同じもので、中身(ソフト)を変えることで多目的に使えるようにしようという方向性になった。IBMの360あたりから、ハードはソフトを動かすものという上下関係がはっきりしてきたのではないかと思う。 几帳面で、改善する力をもつ日本は、こうしたコンピュータのクローンを作り、改良して、世界一のスパコンを作るまでになった。 「二位ではダメなんですか?」はだいぶ揶揄されたが、一方で、あのときどれぐらいの人が「こういう理由で世界一でないといけない」と説明ができただろうか。なんでも、企業に使ってもらう売り文句が「世界一のスパコンで計算しました」と宣伝できることだと報じられていたから、その程度の意識しかないのだろう。これがソフトが弱いと言われる所以だ。 孫の手を作ることに「技術」が要るかというと、そうでもない。匠の技でなければ作れないものではない。こういったものは、海外で安く生産できるものだ。だから海外で作れない高度な技術が必要なものを作ろうというのは、ある部分では正しいが、全体では限界がある。 では、日本が真の技術立国であろうと思えばどうしたらいいのか。 古い建築などでも「昔の人はここまで考えていたのか」というような匠の技を見ることがある。しかし、一番重要なのは「技術」ではない。それを考えた頭脳であり、それを支えたのが「技術」ではないか。「こういうものがあったら便利なんじゃないか?」という着眼力や発明力、そしてそれを実現する「執着力」というものが、日本人の気質から非常に高かったんじゃないかと思うのだ。 だとしたら、我々は日本人としてのDNAで、そういったことをやっていけばいい。それが「ハード」であるか「ソフト」であるかは、どちらが必要かというだけでいい。まだ世界にないならハードから作ればいいし、既にあるものの上で動かせるならソフトで作ればいい。 今、スマートフォンが爆発的に普及して、スマフォ=世界標準でないと生き残れない、というようなことをいう人もいるけれど、世界標準かどうかよりも、ハードウェアメーカーが、「どうやって使ってもらうか」を考えて作らない「作りっぱなし」だから、世界に負けるのだと思う。世界標準とは調達コストを下げることであって、できることをできなくさせることだったり、我慢させたりすることではないと思う。 ハードにしても、ソフトにしても、「技術」なしでは作れない。 技術立国日本は、人が欲しがるもの、人を幸せにするものをいかに生み出せるかどうか、にかかっていると思う。そして、その力はあると思う。

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Sun, 21 Aug 2011 10:02:00 -0700 僕がガラスマに変えた理由 http://macchaka.com/85385911 http://macchaka.com/85385911

Google+に書いたことなのだが、すごく長くなったので、こっちにまとめてみようと思う。 会社のケータイをHTC Desireから、いわゆるガラスマであるシャープの003SHに変えた。 HTC Desireは、ドコモで最初にXperiaが発売された頃、対抗馬としてソフトバンクモバイルが放った端末である。HTC Senceというもので覆われてはいるが、比較的プレーンなAndroid端末であり、CPUも当時としてはスペックがよく、結構イイゾとレポートもあちこちで上がっていた端末だったと記憶している。 それを、なぜガチガチなガラスマに変えたのか。 それは、同僚がINFOBARを買って、負けたような気がしたからである。 近年ガラスマのラインナップが進み、山手線の中でもiPhoneではなく、Androidを使っている人が多くなって、キャズムを超えたというか、これはいよいよ普及してくるなと実感したからである。とはいえ、今の僕はHTC Desireに加え、Galaxy Tabまで持つ、そこそこAndroidに傾注している。なぜ、ガラスマなのか。 もうガラケーでメールを打つのがストレス過ぎて、おサイフケータイが使えるようにしたかったからである。 ガラスマを使うユーザは、Androidのデベロッパーではないような気がする。デベロッパーなら、なるべくプレーンなものがほしいんじゃないかと思う。OSアップデートに早めに追従するからだ。ガラスマは、アップデートしてもらえるかどうかすら疑わしい。検証用でない限り、普通ならGalaxyシリーズが鉄板だろう。 まぁ、僕は既にGalaxy Tabを持っているので、 それでもガラスマを選択したのは、「普通の人の感覚」を味わってみようと思ったからだ。 実は、うちの姉がガラケーからiPhoneに変えた。「最近、周りにスマートフォンを使う人が増えているから、それに変えたいんだけど、iPhoneとAndroidとどっちがいいと思う?」と聞かれて、「僕はAndroidは発展途上だからアプリも思ったほど揃ってないし、iPhoneの方が楽しいと思うよ」、と答えた。 結果、姉はiPhoneを買った。さぞ楽しく使っているかと思いきや、「使いにくい」という。よくよく聞いてみれば、今までガラケーでできたことができない、またはやりにくい。だから使いにくい…ということだった。 例えばデコメ。僕は全く使わないので盲点だった。 「iPhoneはグローバルなケータイなんだから、そういうのを使えなくても仕方ない」という人もいると思うけど、そういうのは思考停止していると思う。かつて戦後に「これからは英語を公用語とするべきだ」とする勢力があったと聞いている。確かに英語が話せるかどうかで、様々なチャンスを失っていることを否定はしない。一方で、日本古来の微妙な感覚を伝えられる言語を失っていたかと思うと、僕は、これでよかったと思える。 いや、そういう話じゃなく、今僕らが英語ペラペラだったとして、それで解決する問題だろうか。そうではないだろう。あくまで英語はコミュニケーションの道具。その先、何ができるかが重要。我々が英語に苦手意識を持っている間に、韓国の人たちは英語の上に日本語も学んで我々のマーケットに踏み込んでくる。 つまり、欲しいと思わせ、買ってもらう、できれば満足してもらうことが商売の基本なんであって、そこに世界標準とか、アメリカではそんなものは使われてないとか、そういうことはどうでもいいんだよ、と思う。グローバルで商売するというのは、効率性を求めることであり、限界を拡げることであり、とても前向きなことだ。そういうことは裏でコソコソやっていればよろしい。今、目の前の人に「これ欲しい」と言わせること。これを見失って、何のビジネスをやるというのだ。 さて、姉の話に戻る。実は姉の不満は、Androidの方を買っていれば、ほとんど生じなかったことだろうなぁと思う。なぜそれに気づけなかったか。それは僕がプレーン派のDesireやGalaxy Tabを使っていたからだ。このことで、「今、Androidを使ってる人が増えてるんですよ」と言いながら、本当に増えているユーザの層に自分はいないのではないか、と思った。 これが僕がガラスマを買った理由。 ここ数日使っていて、快適な部分と、不満な部分がある。不満な点は簡単だ。全体的に速度が遅い。軽くイライラするほどだ。 よかったところは、やはりこれだ。フォントが綺麗。これは印刷会社に勤めている職業病的なものかもしれないが、フォントが何でもいいという人とはガチバトルになると思うので、ここでは割愛する。 日本のケータイは、おサイフケータイを始めとして、日本のインフラにあったサービスがケータイに組み込まれている。それがスマートフォンと両立しているというのは、なかなかに快適だ。 ここで一つのビデオを紹介したい。知り合いの皆さんにはみんな見せているので、またこれか、と言われそうだが、私は本当に心酔している。将来はこうなんだと、納得しているし、ワクワクしている。 ここで重要なのは、世界標準とか、デバイスの優位性ではない。そうしたサービスやデバイスは一体化され、そして我々の生活に寄り添っているということだ。 どうだろう。1台で買い物も、交通もタッチで済み、自分が知りたい情報、使いたいサービスを自由に使える。そういうガラスマを「そんなのは日本でしか使われない」といって切り捨てるのが、本当に、心底から、信念として正しいと言えるのか、思っているのか、胸に手を当てて考えてみて欲しい。 我々は、たぶん技術開発でしか生き残ってはいけない。 今さら、年収200万で生きていく勇気があるか?東南アジアの安い国と闘うということはそういうことになる。 日本でしかできないこと。それは「モノづくり」と言われるが、モノが物理的なものだというなら、僕は違うといいたい。ソフトウェアやサービスだって、十分モノである。人が手にして使うモノなのだから。 そして、みんながモノづくりに携わるということは、現実的にはあり得ない。僕は地域経済を効率よく、そしてエキサイティングにしていくことで、日本の自活力を高めることができると思っている。 未来のデバイスを通じて、どのようにサービスやコンテンツを提供していくか、というのは、まさにそのためにあるテクノロジーだと思っている。これからの日本は最高に面白いと思う。

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Fri, 15 Jul 2011 14:57:00 -0700 36歳になりました http://macchaka.com/36 http://macchaka.com/36

最近は、白髪が増えたり、歳を感じる瞬間も増え、確実に年齢を重ねているのだなぁと感じるこの頃、ブログをちょっとリニューアルすることにした。 いや、正直デザインは変わっていない。おまけにオリジナルではなく、フリーのWordpressテーマを使っているだけだ。では、何が変わったかというと、まさかのドメイン。actune.jpからmacchaka.comになった。 僕はいくつもブログを持っている。 昔から使っているココログ。これは、完全に個人的なことを書く位置づけ。今までのこのブログは、もう少しきちんと意見をまとめようと思ったもの。そして、バイクなどツーリングブログ。あと、CakePHPを学習した記録。でも、それほど書くこともできず、ほとんどが更新が止まっている。 先日、ある勉強会に参加したとき、僕が考えていることを熱く語っていたら、「あなたはもっとアウトプットした方がいいよ」と言われた。それを聞いたとき、僕がいろいろ考えて分けていたブログが、あんまり意味がないような気がしてきた。 僕は僕でしかない。 そこで、僕は自分のハンドルネームである、macchaka.comを取得して、このブログを移すことにした。 どこまでこのブログに統合した方がいいのか、はまだ考えていない。 けれども、僕が思っていること、考えたこと、感じたことをどんどん書き込める場所として「復権」させたいと思うし、デザインもそのうち自分の思うとおりにしてみたい。 何にしても、まずは「Weblog」として、僕の日々に寄り添うものにしたい。そうすることで、僕のこれからの一日一日を刻み、大切にしていきたいと思う。 もっとも、毎日は書けないな、たぶん(ぇ

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Sat, 02 Apr 2011 05:29:24 -0700 妄想族:Thunderboltよりもほしいもの http://macchaka.com/thunderbolt http://macchaka.com/thunderbolt Thunderboltよりbluetoothストレージ規格がほしいですよ。Airを使ってると特に。 イメージは持ち運び用だけど、据え置きでもいい。電源が入ったら「マウントできるストレージを認識しました。マウントしますか?」って聞いてくる感じ。電波が弱くなったら接続をフリーズする。 このフリーズというのがミソ。無線LANでつなげたストレージだと「急に切断されました」みたいになる。まぁUSBストレージでもなるから、ここはOS側の問題だ。 僕がほしい無線ストレージというのは、電波なのでどうしても不安定になる。だから、そこに「オンライン」「オフライン」の概念を持ち込んでほしい。Windowsのようにオフラインなのに探しに走って待たされたり、Macのように問答無用で切断されたりするのではなく、オンなのかオフなのかを常に認識して、接続そのものは維持してほしい。 「それってOS側で配慮すればいいことでしょ。規格には関係なくない?」と言われると思うのだが、そこで「フリーズ」である。 あくまで僕のイメージなのだけども、データ通信のパケットをいくつかの塊にしたものをセッションのような感じで管理する。急に接続が切れたのだから、どこまでの通信を行って、どこからが行えていないかが重要なポイントになる。いくらOSがオフラインの概念をサポートしたとしても、オンラインになったとき、改めてそのファイルアクセスは1からやり直しをしなければならない。下手すれば、ファイルが壊れていないかを検証する必要が出てくる。ファイルの書き込み途中で切れれば、その書き込み済の続きからというわけにはいかないからだ。 要はフリーズというのは、その書き込みを続きから行わせようというもので、HDDに直接書き込むのではなく、いわゆるトランザクションとしてキャッシュする必要があるからだ。不正となってしまったトランザクションはロールバックできる必要がある。そこまでをハードレベルでサポートするというのが私がほしい規格だ。その性質上どうしてもスピードが犠牲になるが、今の近距離通信技術かつ限られた利用目的なら問題ないと思う。 この利用目的というのは、もちろん動画など大容量をバンバン使うものではない。みんな大好きDropboxに乗せるようなデータだ。使っている人なら分かるが、Dropboxは同期の転送スピードが尋常なく遅い。有料会員でも例外なく遅い。同期しようとするタイミングはむちゃくちゃ早いのに、肝心の転送が遅い。なので、多くの人は暗黙の了解で重いデータはDropboxに乗せてなかったりすると思う。もしくは、覚悟して乗せてるだろう。 そう、そのレベルで十分。いや、もうちょっとマシなスピードは必要だが、言いたいのはそういうスピード重視でないもの、ということ。 それがiPod Classicのような筐体で出てきてくれたら嬉しい。むしろそれで出てほしい。音楽プレイヤーのように持っているつもりで、大容量ストレージを持ち運ぶ。いやプレイヤーである必要はない。iTunesライブラリをそのデバイス上に入れれば、自宅でも会社でも、そして外出先のiPhone/iPadからでも全てのリソースにアクセスできるとか。もともとPocketWiFiのようなものとか、USB充電バッテリとか持ち運んでいるので、それらとの組み合わせ商品も考えられるかもしれない。Eye-Fiよりも、もっとうまく立ち回れるソリューションも、もっとたくさん出てくると思う。 みんなクラウド、クラウド言ってるけど、通信技術そのものに関わる問題・課題って、意外と議論になってない気がする。ソフトバンクがつながらないのって、アンテナだけの問題じゃないことは、もうみんな気づいているんだろう?有限で過密が問題になる4G/LTEよりも電波の無駄遣いが少ないソリューションではないか? 手の上に乗る確かな無線ストレージって絶対必要だと思うんだぜ。 もちろんこの規格には「バッテリーが少なくなりました。」ってお知らせしてくれる機能が必須だ。 っていうかどっかにあります?

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Mon, 10 Jan 2011 14:03:32 -0800 DeNAの南場さん http://macchaka.com/dena http://macchaka.com/dena 年始から、2週間本社のある山口で勤務しているのだが、その間は実家から片道90km弱通勤している。
実家では、母が興味のある番組を手当たり次第HDDレコーダーに録画していて、その中にNHKの仕事学のすすめでDeNAの南場さんの回が入っていた。

DeNAも、南場さんも、僕が今さら何を語れるような会社・人ではない。
けれど、この南場さんという社長は、その雰囲気がなんともいえず、好きだ(変な意味ではないw)

例えば、DeNA Qualityとして挙がっていた5ヵ条

1.球の表面積

自分が担当する領域において、 DeNAを代表する気概と責任感を持つ。

2.全力コミット

2ランクアップの目線で、組織と個人の成功のために 全力を尽くす。

3.透明性

チームワークとコミュニケーションを大切にし、 仲間への責任を果たす。

4.発言責任

階層にこだわらず、のびのびしっかりと自身の考えを発言する。

5.最後の砦意識

誰かにチェックして貰うことを前提とせず、 高いプロフェッショナル意識を持って仕事をする。

は、実は初めて知ったけれど、基本的なことだと思ったし、今の自分たちの組織に欠けている部分もあるから、うまく取り込んでいきたいとも思う。

けれども、番組の中で一番注目したのは、南場さんが中途入社の社員に、「この調子の良い会社に乗っかろうと思ってるんだったら降りてほしい。私たちはもっと上を目指している」みたいな話をされた後、

「いいですか?ありがとうございます(あざーす)」

と言った部分。

うん。「終わります」じゃなかった。あれは「あざーす」と言ったと思う(笑)

その後で、自宅で社員を招いてのパーティをするときも、お酒をこぼした南場社長が、「すみません」「先生、足下(こぼれたお酒)大丈夫ですか?」といいながら、自分で床を拭いていた。

会社では先輩だというだけで、偉そうにする人がいる中で、こういうフラット…というか、「そんな部分本質的じゃないからどうでもいいよ」みたいな雰囲気はいいなと思った。

そして、それ以上に「謙虚」な南場さんに感心した。

僕は会社で「課長」をさせてもらっているけれど、周りの人に「課長」と呼ばれることがほとんどない。
会社として呼ばない雰囲気なのではない。周りでは「○○課長」という呼称がよく聞かれる。

ある意味、尊敬されていないというのも事実だと思うが(笑)、他の課長にはないようなフレンドリーさもあると自負している。

僕自身は課長という立場を振りかざすということはないし、あり得ない。僕自身がそういうのが大嫌いだからだ。

けれども、自分が重ねたキャリアを周りに押しつけたりしていることはないか。周りが動いてくれることに、本当に感謝の気持ちを持ってやっているか、というと疑問が残る。

ホントは、僕自身周りにはすごく感謝している。けれど、僕は本質的に自分勝手で、短気なので、態度にムラがあるらしい。そういうことを一つずつ真摯に、謙虚にいる一年にしたい。

あれ?これが今年の抱負かな(笑)

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Fri, 31 Dec 2010 14:38:22 -0800 2010年最後のブログ http://macchaka.com/2010 http://macchaka.com/2010 今年は、大殺界の底から抜けて、ちょっと上向きになる年でしたが、僕の中ではすごく大きな前進があり、幸せな環境になった年でした。

私の本来の本拠地である、山口本社に有能な人材が入ってきました。
私の愛弟子(向こうはそう思ってないだろうがw)も、大きく成長し、僕なしでも仕事が廻せる頼れる存在に成長してくれました。
私が後継者として育てていた人材が、年末に無事昇格を果たしました。

僕のスキルアップも大幅に進んで、事業の柱として持っていけそうだし、今年って1年ずれて「種子」の年になってないか?と思うぐらい。

一方で、恋愛面では僕の存在は必要とされなくて、涙をのんでさよならすることになりましたwww

でも、ビジネス面では本当に恵まれて、幸せな一年だったと間違いなく言えます。

来年は「種子」の年となり、新しいことが始められる年です。
文字通り、本当に大きな変化が起こります。

いよいよ東京から山口へ、本拠地を移すからです。

まぁそのせいで恋愛面では何もないでしょうが、それも仕方ないww

たくさん、やらないといけないことがある。
四の五のいわずに、やろうじゃないの。

これからも、もっともっとビジネスに生きていく覚悟です。

今年関わった皆さまに、本当にお世話になりました、と伝えたい。
おかげさまで生きていけました。
そして、来年もお世話になります、とお願いしたい。


死んでもいい。は、死にたいとは違うと思う。
生ききって、全力を尽くして、あとは天命を待つというニュアンスを感じるから。
僕の来年は、そうでありたいと思います。

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Fri, 26 Feb 2010 04:39:05 -0800 Appleが家電に参入する日 http://macchaka.com/apple http://macchaka.com/apple AppleがiPhoneの基本ソフトで家電業界に本格参入か この記事では、
Apple TVにiPhone OSを搭載することで、iPhone OSのアプリ市場AppStoreに登録されている約15万タイトルのアプリがテレビで利用できるようになる可能性がある。特にゲームのアプリがテレビで利用できるようになる意味は大きいだろう。
と触れられていた。 私は、AppleTVが、Appleのハブ戦略をする上で非常に重要なポジショニングにあると思っている。特に、Wiiの起動の遅さ、アプリを立ち上げるときのまどろっこしさ。そして、大人にとってはちょっと小馬鹿にされたような、Wiiの間のインターフェース。いいとこいってるのに、なんでこんなところを着地点にしちゃったんだろう、ということを感じて以来、僕の期待はAppleTVに注がれている。いや、iPhoneを手にした日からと言ってもいい。 堀江さんも言っているように、アクトビラは、まさに着地点を間違えたのか、政治的な力が働いたとしか言えないような出来だと思う。たぶん、後者のような気もするが、少なくとも「アクトビラに対応したテレビには放送しない」なんてことはできないんだから、もう少し強気に出てもいいだろう、とは思う。 DMM.comがPS3で映像配信を受けられるサービスを展開しているようだけど、なぜWiiとGyaoがコラボレーションできなかったのか。いちいち面倒くさいというか、「点」にしかならないというか。それが日本の「製品」の現状だと思う。 何が足りなかったかといえば、周知の通り技術ではない。 「日本は(なんでも)技術力は高い」という妄想を持った人も多く、実際はそうでもなくなってるよ…ということは横に置いといても、やはりビジョンが足りないというのは、とても痛い現実だと思っている。 ソニーがウォークマンを作り出せたのは、音楽を持ち運ぶというライフスタイルに夢を描いたからでしょう?それを、iPodで負けるというのは、そういう夢を描くというか、ビジョンが欠けている証左だろうと思う。 事実、VAIOは、自宅にパソコンをオシャレに置いて使うということがイメージできたから成功を勝ち得たと思うし、決してそういうイノベーションを生み出す能力に欠けた会社ではないと思うのだけど。。。 Appleが家電に参入というと「え?冷蔵庫?」とか「炊飯器?」とかいう人も多いっぽい。 でも、家電側がオープンプロトコル(例えばRESTベースだったり)と、Bonjourに対応したら? 「アイホンw」と連携して、ドアホンを呼び出したら、リアルタイムでPush Notificationできたら、キッチンのiPadはどうなるだろう。 Appleの炊飯器とか、Appleの冷蔵庫がなくても、Appleが家電にどっぷりと浸かる方法は、色々あるし、大した技術でもないくせに、ライフスタイルをすっごく変えてしまうインパクトがある。 最近の車不況も、「製造業が賃金カットするから、車を買う余裕がないだろ」というつっこみをしたい気分は横に置いても、やはり車を買うことでどういうライフスタイルになるかを想像できないからだと思うし、そこへの提案が皆無と言っていい。 ホンダがハイブリッドのCR-Zを作り出した。正直、あんまり売れる気はしない。コンパクトカーというより、もう少しラグジュアリーにしてもよかった。 僕はプレリュードが好きだった。確かに使いにくいシチューエーションはたくさんあったけど、ほとんど自分か、せいぜい恋人を乗せるぐらいしかなかったから、2ドアで支障はなかった。その中でゆったりとした空間、デザイン、走ったときの疾走感に満足していた。 ハイブリッドであるというだけや、スペックというだけではダメ。乗った人が満足感を得られることが一番…いや、もしかしたら唯一の価値といえるのかもしれない。 ホンダは、インテグラの末期で失敗をしてる。今回は「アキュラ」ブランドをわざと使って、エロさを出した作りにしたら、結構いい感じになるような気もするが、今のままのCR-Zでバカ売れしたら恥ずかしいので、これについてはこの辺で筆を置くww

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Sat, 05 Dec 2009 15:16:55 -0800 サブウェイは正しいのか、間違っているのか http://macchaka.com/85385896 http://macchaka.com/85385896 ふと、サブウェイのことでググっていたら、こういうブログを見つけた Twitter企業アカウントでのCS対応 ~サブウェイの事例から~
これって軽いクレームとも思える内容なのに、「大丈夫ですか?」っていう対応はいいのか?という疑問をもちます。カスタマーサービス対応した方ならわかると思うのですが、こういう状況でこの対応はないと思うのですよね。 馴れ馴れしいですよね、それがTwitterの良さかもしれませんが。 おそらくWEB担当の方がTwitterをやってらっしゃっていると思うのですが、こういう対応にはかなり疑問です。 他へのレスを見たら、クレームみたいのは私だけだったようなのですが、ともすると、自分達に都合のいいものだけレスをしているように見えてしまいます。 もう1つ欲しいとは思わないけど、なんかこの対応は違うと思う。少なくとも、私ならこうは対応しない。 カスタマーサービスと同様に会話すると思うな。
なるほど。 アカウントの「ファン」になって、フォローしている…というわけでもない1ユーザのつぶやきを拾ったまではよかったものの、そこでいつものフレンドリーな対応をしてしまったことで、逆にイヤな気持ちにさせてしまったというもの。 正直、僕が同じ対応をされたとしても、気にしません。 相手がCSじゃないのを分かっているので、伝えてくれといったところで伝えてくれないだろうしな、と思うから。それが正しくないとしても、それを気にすることもないかと。 実は、僕自身はこうしたクレームをかなり抱く方です。いうか言わないかは、そのときの忙しさとかに寄りますけどね。かなりうるさい方だと思う。コンビニでフェースアップしてないのとか許せないし。 そんな僕でも、彼女の話には違和感を持った。いや、一人の顧客としては正当な要求であるということは認めながらですよ。 ただ、その会社の人だというだけで、かつ、公式アカウントだというだけで、CSの対応を求められるというのは、違う気がした。 例えてみれば、セブンイレブンの役員の人と会う機会があったとして、「この間、○○店でこういうことがあった。御社にとって、よくないと思う」みたいな話をするかというと、絶対にしません。担当じゃない人にいうのは正しくないと思うからです。そのために、担当というものがあると思うからです。 もちろん、そんなことを言われたら、「では担当に指示を出します」と返すでしょう。でも、本来はCSに連絡することであるし、その連絡先がウェブサイト等で分かりにくかったということであれば、それを指摘するのならアリかなと思います。 この違いは何かといえば、話の大きさなんです。1店舗のことなら、その店舗またはその上にいえばいい。けど、CSの窓口のことなら、もはや店舗の話ではないわけで、企業にとって重要なクレームというものをどう受け付ける体制を作るかという企業姿勢の話になってくるから、アリだと思うわけです。 ここまで言っておいて、いうのもなんだけど、彼女自身が間違っているとは思えない。 一顧客にとって、企業からのアプローチは、どんな担当であれ公式なものです。特に、そのアカウントやキャラを知らなかった彼女からすると、違和感を感じたのは決して不条理な話ではないと思います。 この辺に、企業アカウントの難しさがあるなぁと、ただただ思いました。 僕自身もそうですが、多くは、サブウェイの発言スタンスは好意的です。 野菜ラボの中の人は、美しいまでによく働く 『サブウェイ』のスタッフがやってる『Twitter』がおもしろい! 同じ対応をされたわけではないから、比較はできませんが、その辺は何を求めるかによって、差が出てくると思います。というのも、
私もある事業で導入しようと思ってるけど、受付対応しているような人にお願いしようと思ってる。
と、彼女は述べているわけですが、まぁ僕がその会社の顧客になる機会はないにしても、僕は訓練された人がtwitter担当していても、つまんないだろうなぁという気がします。 例えば、女子アナって、タレント化してきてるってことに賛否両論がありますが、やっぱり女子アナであることに加えてタレント性があることがウケてるのと同じような気がする。 否定するわけじゃなく、ウケないだろうなと思うだけで、ウケることが目的でないなら、何ら問題にもならないわけですから。 twitterに、CSとしての役割を期待すれば、今回のはなしだろうし、CSはCS、このアカウントは中の人を面白がっていじってるだけだ、と思えば、今回の対応は立派にすら見える。 twitterのユーザはどんどん増えていきます。 フォロー返ししないのがおかしいとか、フォローを外したら絶縁したも同じ、と過剰に反応したり、「おはよう」というつぶやきに何の意味があるのかと、つぶやきに意味を求める人が出てきたり。 そうすると、そこに企業が参加するというのは、ノリではいけないのだろうかと、気分が重くなってきました。その窮屈な感じが。 ふと、思い出したけど、インターネットの黎明期も近いものがありましたね。 NTTがサイトを作ってるというだけで、神扱いだったし、ウェブマスターの人とやりとりするっていうのも、そんなすごいことじゃなかった。 僕も、まぐまぐの大川社長とは、何度もくだらないことでメールをやりとりしたことがありました。今では忘れられてるだろうし、連絡もつかないでしょうね。 こうして、レイトマジョリティに普及していくというのは、何かを失うことでもあるのかな、という気がしてきました。

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